東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2730号・昭57年(ネ)1535号 判決
主文
一 控訴に基づいて、原判決中被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子、同秋山美智子に対する本訴請求に関する部分を次のとおり変更する。
控訴人に対し、被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子、同秋山美智子は各自金六五万七五〇〇円及びこれに対する昭和四九年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の、被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子は各自金二万円及びこれに対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。
控訴人の右被控訴人三名に対するその余の請求を棄却する。
二 被控訴人武蔵野市に対する本件控訴を棄却する。
三 本件附帯控訴を棄却する。
四 控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人)鈴木有臣、同鈴木邦子、同秋山美智子との間においては、第一、二審を通じて訴訟費用を五分し、その二を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を右被控訴人(附帯控訴人)らの各負担とし、控訴人と被控訴人武蔵野市との間においては、控訴費用を控訴人の負担とする。
五 この判決は、第一項中金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
第一 控訴人の本訴について
一控訴人の被控訴人鈴木らに対する本訴の適法性について
被控訴人鈴木らは控訴人の本訴提起は訴訟手続ないし訴権の濫用である旨主張し、右は右訴えを不適法とする趣旨を含むと思われるので、この点についてまず判断を加える。
右主張の根拠とされている諸事実のうち、控訴人が損害が発生していないにもかかわらず本訴を提起したという点は、まさに本訴請求の実体的当否の問題にほかならず、本訴を不適法ならしめるものではない。また、控訴人が多額の私的利益を短期に挙げるために本訴を提起したという点は、それ自体本訴を不適法たらしめる理由に当たらないことが明白である。次に、本訴提起が報復又は見せしめのためのものであるとの点及び指導要綱行政を破綻せしめることを狙つたものであるとの点については、仮に控訴人が本訴を提起するにあたつて右主張にかかるような動機を有したとしても、そのことだけで本訴が不適法となるものではない。
したがつて、前記本案前の主張は理由がないものというべきである。
二本案について
1本件建物の建築計画と被控訴人鈴木ら
<証拠>によると、次の(一)ないし(三)の事実が認められる。
(一) 控訴人は昭和四八年八月一五日本件土地の所有者である宗教法人安養寺との間で同土地につき堅固な建物の所有を目的とする賃貸借契約を締結し、同土地上に店舗一戸、住宅一四戸より成る五階建共同住宅(建物の高さ13.35メートル、建築面積106.80平方メートル、延べ建築面積447.92平方メートル、容積率約三〇〇パーセント)である本件建物の建築を計画した(右建築計画の点は当事者間に争いがない。)。
(二) 本件土地附近は吉祥寺駅の北方約六〇〇メートルの人口稠密な市街地で、同駅を中心とする商業地域にも程近い位置にあるが、一帯は安養寺の所有に属し、同寺から土地を借りた者らの低層の住宅等が立ち並んでおり、控訴人が本件建物の建築に着手した昭和四九年当時は、中高層建物としては本件土地の東側約三〇メートルの所に五階建のムサシ商店ビルが、それから都道一一三号線(通称女子大通り)を隔てた向い側に一〇階建の吉祥寺マンションがあるほかは、西方約一〇〇メートル離れたところに数棟のビルが見られる程度にすぎなかつた。そして、右地域のうち本件土地を含む女子大通り(本件土地附近での幅員は約一〇メートル)の両側の帯状の部分は近隣商業地域・第二種高度地区(建ぺい率八〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)に指定されているが、これに隣接するその余の地域は第一種住居専用地域とされている。
(三) 被控訴人鈴木邦子、同鈴木有臣の姉弟は、本件土地の東隣りの土地上の建物に、被控訴人秋山は本件土地から西方約九ないし一〇メートル隔つた土地上の建物にそれぞれ出生以来居住している。
2指導要綱
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 武蔵野市は、多摩地区の中でも人口密度が高く、昭和四四年ころから市内における中高層共同住宅(いわゆるマンション)の建築件数が激増したが、これに伴つて各地で日照阻害等の住環境の悪化が問題となり、紛争が発生した。そこで、被控訴人市は、無秩序な宅地開発の防止及び中高層建築物による地域住民の被害の排除並びにこれら事業によつて必要となる公共・公益施設の整備促進等を図るため、市議会全員協議会の承認を得て、宅地開発等を行う事業者に対して行う行政指導の一般準則として「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(指導要綱)を定め、昭和四六年一〇月一日から施行した。
右指導要綱では、建築業者が高さ一〇メートル以上の建築物を建設する場合には予め市長に申出て公共公益施設の設計、費用負担、日照障害等について協議し審査を受けなければならず、とりわけ日照については、建築物の設計に先立つて日照の影響について市と協議するとともに附近住民の同意を受けなければならないものとされ、また、指導要綱に従わない事業主に対して市は上下水道等の施設その他につき必要な協力を行わないことがある旨定められている。そして右同意を受けるべき附近住民の範囲については、冬至日において午前九時から午後三時までの間に日影を受ける範囲内の土地の所有者、居住者、家主等とする旨が指導要綱細則によつて定められた。
(二) 具体的には、事業主は中高層建物を建築するにあたつて次のような手続を踏むよう行政指導を受けた。
すなわち、事業者はまず計画案図を提出して市の担当職員と事前協議を行い、次いで市の計画課に事業計画審査願を提出する。そこで宅地開発等審査会が開かれ、日照について同意を受けるべき近隣住民の範囲を確定する等の事前手続を行い、これに基づいて近隣住民と事業主との協議が行われ、同意を得た場合、事業主は改めて市計画課に事業計画承認願(日照同意書等を添付したもの)を提出し、再び前記審査会の審査を経て市の承認を受け、その承認書を添附して東京都に対する建築確認申請をする、という手続である。
なお、建築確認事務を行う東京都も指導要綱制定後は武蔵野市に協力し、武蔵野市の事業計画承認を受けたうえで建築確認申請をするよう行政指導をして来た。
3控訴人の建築計画に対する住民及び被控訴人市の対応
<証拠>によれば、次の(一)ないし(七)の各事実が認められる。
(一) 控訴人は、昭和四八年八月二〇日に本件建物の建築につき事業計画審査願を提出し、これに対し市の宅地開発等審査会は、審査の結果、控訴人が日照に関して建築につき同意を受けるべき近隣住民の範囲を被控訴人鈴木有臣、訴外三崎、同栄屋商店、同山口、同大久保、同新谷、同町田、同木崎、同山崎、同湯浅らの居住する一一棟の建物(うち二棟はアパート)の住民らと認め、市は右住民らと協議して同意を得るよう控訴人に対し指導を行つた。
(二) 控訴人は、右指導に従つて近隣住民に対する説明会を昭和四八年九月一〇日に開き、その席上控訴人代表者山田が事業計画の内容、建築による日影等を説明したが、被控訴人鈴木有臣をはじめ住民側は、地域の性格からいつて本件土地には個人住宅等の小規模な建築が望ましいとして今後控訴人の事業計画に強く反対する意向である旨を明らかにし、同年一〇月一八日に開かれた第二回の説明会では前回に引き続き控訴人側から日影等について更に詳細な説明があつたが、これに対し住民側からは、人口増大を招くような建物は武蔵野市には不適当である、独身者向けの共同住宅は地域の性格に適合しない、二階又は三階建の建物でなければ同意することができない等の意見が表明された。控訴人側は、住民側の要望を検討し、次回に右検討の結果に基づいて更に話し合う旨述べたが、それと同時に、同月二一日ごろ建築確認申請を東京都に提出する予定である旨をも明らかにし、必ずしも指導要綱による行政指導に従うつもりのないことを明らかにした。同年一一月一日、第三回の説明会が開かれたが、控訴人、住民側とも譲歩せず、話合いは物別れに終り、被控訴人鈴木らは同月他の近隣住民とともに市長に対し本件建物の建築を中止させるよう求める請願書を提出し、他方控訴人は同月五日ごろ既に取得していた木崎ほか三名の同意書を添付し、その余の近隣住民らの同意を得ないまま被控訴人市に事業計画承認願を提出した。
(三) 右申請を審査した宅地開発等審査会は同意の不足を理由として承認の可否を決するのを保留し、更に住民と話し合つてその同意を得るよう控訴人に求めた。しかし、控訴人は、被控訴人市から事業計画の承認を受けることなく、東京都多摩東部建築指導事務所に対し建築確認申請を提出し、右申請は同月一九日受理された。これに対し、被控訴人鈴木ら近隣住民は、同年一二月一一日市議会に対し本件建物の建築計画を取り止めさせるよう請願を行つた。また、被控訴人市は同月一五日都知事、前記建築指導事務所長らに対し、控訴人の建築確認申請については指導要綱に基づく事業計画の承認がされていないこと等にかんがみ、その取扱いについて格別の配慮をするよう要望した。
(四) このような状況の下で、控訴人代表者は、その後も被控訴人市の指導を受けて被控訴人鈴木有臣と電話で折衝を続け、昭和四九年一月三一日に四回目の説明会を開いた。その席上、控訴人側は、本件建物の五階北側の一室を削除する案を提示して住民側の検討を求めたが、被控訴人鈴木有臣をはじめ住民側は、従前と同様三階建、高さ一〇メートル以下の建物とすることを要求したため、控訴人は右提案を撤回し、両者間の自主的な会合はこれを最後として以後行われなくなつた。
(五) 前記市議会に対する請願を付託された市議会建設委員会は、昭和四九年二月二一日請願者側と控訴人側から事情聴取を行つたうえ、三月六日両当事者に市当局者をも交えて懇談会を開いたが、交渉はなんら進展せず、物別れに終つた。
(六) 一方、右三月六日に東京都建築主事は本件建物に対する建築確認をした(この点は争いがない。)。そこで控訴人は、同月中に被控訴人市に対し二回にわたり内容証明郵便で、控訴人の事業計画を直ちに承認するよう求めるとともに、控訴人が右承認を受けることなく本件建物の建築工事に着手した場合、被控訴人市としては指導要綱五―二に定める上下水道等に関する非協力措置を行うべき対象と考えるのかどうかについて回答を求めた。これに対し被控訴人市は四月上旬に控訴人に対し近隣住民との話合いを深めることを要望する旨の回答をした。
(七) 訴外新和建設株式会社(以下「新和建設」という。)は、四月八日ごろ被控訴人市に対し本件建物建築工事に必要な上水の供給を受けるための給水契約の申込をしようとしたが、市当局は、控訴人が指導要綱を守らず近隣住民の同意を得ていないことを理由として右申込を撤回させた。
4工事請負契約の締結
<証拠>によれば、控訴人は、新和建設を請負人として、昭和四九年四月一日ごろ本件建物の建築につき報酬額を四四七〇万円(のちに四七二〇万円と改訂)、工期を同年四月一〇日から九月三〇日までとする建築請負契約を締結したが、その際工事に反対する近隣住民の妨害があることを懸念した新和建設の要求により、第三者による工事妨害によつて生ずる損害は一切控訴人が負担する旨の特約をしたことが認められる。
5控訴人の建築着工と被控訴人らの対応
(一) 建築工事そのものに対する被控訴人鈴木らの対応
<証拠>によれば、次の事実を認めることができ<る。>
(1) 昭和四九年四月一四日、新和建設から本件建物の躯体工事を請け負つた訴外朝妻主体工事株式会社(以下「朝妻主体」という。)は、その従業員の高野剛市(以下「高野」という。)ほか二名を建物位置計測等の作業を行わせるため本件土地に派遣した。午前中トラックで本件土地に来た高野らに対し、被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子をはじめとする数人の近隣住民が着工をやめるように要求し、住民側を支援する市会議員の伊藤隆雄(以下「伊藤市議」という。)もかけつけ、木崎の土地と本件土地との境界の位置が明確でないとして地主の安養寺の住職を呼んだり、控訴人代表者山田を電話で呼び出して近所の家で話し合つたりした。話合いは平行線のままで終り、山田はあくまで建築工事を行う意図であることを明らかにしたが、同日は朝妻主体の従業員が線引きの作業を行つただけで引き揚げた(控訴人は、右作業中止は作業をすれば人身事故に発展するような危険な事態となつたためであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。また、被控訴人秋山が現場に居あわせたことについても、これを認めるに足りる証拠はない。)。
(2) 翌四月一五日高野ほか一名は新和建設代表者の千葉慶太郎とともに本件土地の片付けと立木の伐採のため本件土地に赴き、前日同様被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子ら一〇人位の近隣住民が抗議のため集まつたが、作業員が柿の木一本を伐採し、続いて樫の木を切ろうとしたところ、被控訴人鈴木邦子はそれは木崎の木だと言い木の前に立ちふさがつて伐採を妨害し(右樫の木は元来木崎の家で植えたものだが、その後本件建物の借地人であつた小杉と木崎との間で借地の境界について争いがあり、境界を決め直したため本件土地に属するようになつたものであつた。)、更に市会議員の大久保や被控訴人鈴木有臣も伐採に抗議したので、控訴人側は二時間ほどして作業の続行を断念し、控訴人代表者山田の指示で引き揚げた(被控訴人秋山が現場に居合わせた証拠はない。)。
(3) 同月一七日午前八時過ぎ朝妻主体の作業員四名が整地作業や伐採木の片付けをするため本件土地に赴いたところ、被控訴人鈴木有臣、同秋山ら数名の近隣住民や伊藤市議が集まり、「話合いがついていないから帰れ。」「指導要綱を守れ。」などといつて抗議し、再び控訴人代表者山田を呼び出して話し合つたが、その際伊藤市議が山田に対し「一九日市議会の建設委員会を開いてこの問題に対する住民の請願について決着をつけるので、それまで工事を中止してほしい。」と申し入れたので、山田もこれに応じて同月一九日ごろまでは工事を行わないことを約束し、作業員を引き揚げさせた(右抗議に際して流血事故を招きかねない危険な雰囲気となつたこと及び被控訴人鈴木邦子が現場に居合わせたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。)。
(4) 同月一九日に開催された市議会建設委員会において被控訴人鈴木らの提出した前記請願が審議され、本件建物の建築中止に関して同委員会は「指導要綱に基づき善処されたい。」との意見を付したうえ右請願を採択して執行機関に送付すべきものと決定し、同日その旨が委員長から本会議に報告され、本会議において右報告のとおり決議された。
そこで、被控訴人市当局は、事態の円満解決を目指して当事者双方の説得を試みることにし、その旨控訴人や住民側に通知し、控訴人代表者山田からは翌二〇日には工事を行わない旨の意思表明を得たので、まず同日午前一一時ごろから被控訴人鈴木有臣を呼んで市助役の江藤慶光が歩み寄りの打診を行つていた。ところが、その途中の午後一時ごろ、高野ら朝妻主体の作業員三名がトラックに角材等の仮設資材を積んで本件土地に進入し、これに対し被控訴人鈴木邦子、被控訴人鈴木有臣の友人である加島靖久、野口毅らが本件土地前の歩道に集まり、「今日は工事をしないことになつているはずだ、帰つてくれ。」などと言つて抗議しているうちに、トラックの向きを変えるためこれを運転していつたん道路に出た高野が車を急速に後退させて再び本件土地に乗り入れようとし、その際、車の荷台の後部を野口の右大腿部に接触させて同人に全治一週間の打撲傷を与えるという事故を発生させた。このことが助役と会談中の被控訴人鈴木有臣に急報されたため、同人は会談を打ち切つて現場に駈けつけた。現場には救急車のサイレンで被控訴人秋山その他の近隣住民も集まり、数十人の人だかりとなり、高野らはトラックに積んであつた角材を本件土地に下ろしたが、その後警察官が来て現場で事情聴取や実況見分が行われている間に被控訴人鈴木ら及び加島は積み下ろされた二〇本位の角材を全部トラックに積み戻した。高野ら三名の作業員は昼食時にビールを飲んでいたことが判明したため引続き警察署へ任意同行を求められ、作業の続行を断念し、朝妻主体側は右積み戻された資材をそのまま持ち帰つた(なお、控訴人は、右角材を下ろす際にも被控訴人鈴木らが妨害したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)。
なお、同月二二日江藤助役は控訴人代表者山田と会談したが、山田は五階の北側一室を削除し東側壁面と境界との間に五〇センチメートルの間隔を置くという譲歩案を提示したにとどまり、同日右提案を市から伝達された住民側もこれを受け容れなかつた。
(5) 同月二三日、朝妻主体は本件土地の根切り工事(ユンボによる掘削)に着手しようとし、高野ら従業員のほかユンボを積載したトレーラー一台、ダンプカー一〇台が午前八時半ごろ本件土地附近に到着した。被控訴人鈴木らほか近隣住民は、事前の情報によつて当日工事が行われるのを予期していたので、右車両の到着と相前後して現場附近に赴き、本件土地の前の歩道上に立つて伊藤市議らとともに工事をやめるように要求したが、作業員らはこれを聞き入れず一台のダンプカーをバックさせて本件土地に進入させようとし、これを阻止しようとする住民らと車を誘導しようとする作業員とが右ダンプカーの荷台後部のあたりに群がり、車がゆつくり後退するのにつれて住民らも下がるという状態になつたが、その際被控訴人鈴木有臣は右ダンプカーの荷台の後端と後輪との間のあたりに入り込み、近くで警戒していた警察官が危険と認めて同人を車の下から引つ張り出した(原審及び当審における右被控訴人本人尋問の結果中には、同人は歩道と車道との段差の所に置いてあつた角材(又は丸太)の上に立つて控訴人側の者と話をしていたところ、ダンプカーの後退によつて右角材(丸太)が回り、足をとられて突んのめつたにすぎない旨の供述があり、原審証人伊藤隆雄の証言中にもこれに副う部分があるが、当審における被控訴人鈴木有臣の供述によれば同人は後退するダンプカーの左後方に立つていたものであるところ、<証拠>によれば、ダンプカーは本件土地から道路に向かつて左側から斜めに後退して本件土地に進入し、右被控訴人が車の下に入つた時点では車の左後端はもとより左後輪も右段差を越えて奥に入つていたものと認められるから、右段差附近にいた右被控訴人が足をとられて荷台後端に倒れ込むことは考えられず、このことと前記金子証人の証言に照らし、上掲の右被控訴本人及び伊藤証人の供述は措信することができない。)。
そのあと、右ダンプカーは本件土地内に入つたが、その前に住民らが群がり、工事を強行すれば危険な事態を招くおそれがあつたので、結局朝妻主体側が折れ、跡片付けとして本件土地にある石や伐採木を右ダンプカーに積んで搬出しただけで、根切り工事を行うことは断念した。
(二) 被控訴人鈴木らによるビラ、看板の掲出
<証拠>によれば、控訴人が本件建物の建築に着手した前後に、被控訴人鈴木らは、右建築計画に対する反対を表明する趣旨で本件土地から数十メートルの範囲内の街頭に数十枚の看板やビラを掲出したが、その中には「悪徳業者は営業停止を」、「悪質業者関係者は東町立入りお断り」、「美しい武蔵野市を悪質業者の魔手から守りましよう」、「悪徳業者の暗躍を許すな」等の文字を記載したものが一〇枚程含まれていたことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない(右事実は、控訴人と被控訴人鈴木らとの間では争いがない。)。
(三) 建築着工に対する被控訴人市の対応
控訴人の建築着工後の被控訴人市の動きの一部は、既に被控訴人鈴木らの右着工に対する対応に関連して認定したとおりであるが、そのほかの被控訴人市の対応についてみると、
(1) 本件建物の建築に関し、被控訴人市がした上下水道供給等の停止の決定及び市長、江藤助役、藤元助役がした発言について請求原因5(1)ないし(3)のような内容の新聞報道がされたことについては、控訴人と被控訴人市との間で争いがない。
右各記事のうち、被控訴人市が昭和四九年四月一五日本件建物に対する上下水道の供給停止等の措置をとる旨決定したとの点については、右記事と同じ紙面に掲載された前記江藤助役の発言内容及び前記朝日新聞掲載の藤元助役の発言内容も右のような決定があつたことを裏書するものとはいい難く、結局前記毎日新聞の記事のほかにこれを認めるべき証拠はなく、かえつて<証拠>によれば当時被控訴人市において右供給停止等の措置をとる旨の決定がされた事実はなかつたものと認められる。これに対し控訴人の市長、助役の発言については、前記記事に全当事者間で成立に争いのない甲第一八号証、原審証人江藤慶光の証言を併せると、前記記事は大要において誤りのないものと認められる。
(2) <証拠>によれば、住民側は四月末ごろ本件建物を四階建、高さ10.6メートルとする案を提示したが控訴人はこれを受け容れず、五月九日ごろ前記のように当初の計画より五階の一部を削減した設計で再度事業計画承認願を被控訴人市に提出し、市長は自ら当事者双方を呼んで説得したが話合いはつかなかつたこと、同月二七日、被控訴人市の宅地開発等審査会は、住民側の前記提案によつた場合と控訴人の右譲歩案によつた場合とで日影に及ぼす影響においてさしたる差は生じないものと判断して控訴人の事業計画を承認し、六月三日ごろ工事騒音、プライバシー等について住民と話し合うことを求める旨の条件を付した承認書が控訴人に交付されたことが認められる。
6建築工事の完成
(一) <証拠>によれば、控訴人は、前記5(一)(1)ないし(5)の事態が生じたのち昭和四九年六月下旬まで本件建物の建築工事の続行を見合わせたが、その後これを続行し、同年一二月ごろ完了したことが認められる。
(二) <証拠>によれば、本件建物が完成した結果、冬至において、被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子方建物の一部が午後二時三〇分ごろから日没まで、被控訴人秋山方建物の一部が日の出から午前九時三〇分ごろまで本件建物の日影を受けるが、日影を受けるのは右各建物のごく僅かな部分に過ぎないこと、被控訴人ら居宅には本件建物によりプライバシーの保持や圧迫感の点である程度の不利益が生じていることが認められる。しかし、右日影被害はその程度からいつて法的保護に値するものとは到底いえず、また、プライバシー侵害や圧迫感も、これを違法な程度に達しているものと認めるに足りないことは、のちに反訴について判示するとおりである。
7被控訴人鈴木らの行為の違法性
さきに認定したところによつて右被控訴人らの各個の行為の違法性の有無を検討すると、
(一) 昭和四九年四月一四日の被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子の行為は、平和的な説得の域を超えず、違法とはいえないものというべきである。
(二) 同月一五日の右被控訴人両名による立木伐採の妨害は、仮に右両名が当該立木を木崎の所有であると信じてそのような挙に出たのであるとしても、木崎はすぐ隣家なのであるから右立木の帰属やその前提となる借地の境界の問題は木崎に委ねれば足りるはずであり、少なくとも木崎の家の者に問い合わせたうえでとるべき態度を決めるのが当然であろう。右被控訴人らがそのようにしなかつたのは、むしろ木崎の権利を守ることに藉口して控訴人の工事着工を実力で阻止しようとしたものと認めるのが相当であり、したがつてその行為は特段の事情のない限り違法性を帯びるものというべきである。
(三) 同月一七日の被控訴人鈴木有臣、同秋山の行為は平和的な説得の範囲を超えるものとはいい難い。
(四) 同月二〇日の被控訴人鈴木らが角材を積み戻した行為は、それ自体としては正当な行為であるとはいえない。もつとも、右行為は控訴人側がその言明に反して同日工事を再開しようとしたことに触発されたものであることは斟酌されなければならないが、後記のとおりこれについて正当防衛等の違法性阻却事由が存するものとはなおいい難く、右事情は損害賠償の額を定めるにあたつて考慮するのが相当である。
(五) 同月二三日の被控訴人鈴木有臣のダンプカーの下に入り込んだ行為が特段の事情のない限り違法性を帯びるものであることは、いうまでもない。その後に被控訴人鈴木らが他の近隣住民とともにダンプカーの前に群がり、結局控訴人側に工事の続行を断念させた行為も、先行した鈴木有臣の前記行為との関連において評価すべきものであるから、同じく特段の事情のない限り違法と認めるべきものである。
(六) 被控訴人鈴木らが前記看板、ビラ、を掲出した行為については、右看板、ビラの文言が暗に控訴人を指してこれを悪徳業者、悪質業者として公然指弾する趣旨のものであることは明白であるところ、一般的にいつてかかる行為が適法とされるためには、少なくとも控訴人に当該非難に値するような行為があつたことを要するものというべきであり、そうでない限り、右行為は違法たるを免れないものというべきである。
(七) そこで、前記四月一五日、二〇日、二三日の工事妨害及びビラ、看板の掲出につき被控訴人鈴木らの主張するような遺ママ法性阻却事由があるかどうかを検討する。
(1) 利益衡量の結果としての違法性の不存在ないし法令又は正当の業務による行為
右工事妨害行為の態様そのものが一般に法的に許容される範囲内のものといえないことは前記のとおりである。また、仮に控訴人がその主張のような損害の発生を予期していたとしても、また、(収支の均衡という観点からいえば)その損害を本件建物の販売によつて補填することができたとしても、そのことが直ちに損害そのものが発生しなかつたことや、それが受忍すべき範囲内のものであることを意味するものといい難いことについては、多言を要しないであろう。
次に、指導要綱との関係についてみると、被控訴人市が昭和四六年一〇月一日以降指導要綱に基づき市内で行われる建築につき行政指導を行つて来たこと、本件建物は指導要綱によりその建築につき近隣住民の同意を必要とする建物に該当するが、控訴人は、右同意を得ることができず、その建築工事強行に踏み切つたものであることは既に認定したとおりである。ところで、指導要綱の法的性格は、前記のとおり行政指導の一般的準則たるにとどまるものであるばかりでなく、その内容も、中高層建物の建築についていえば、建築によつて近隣の受ける被害の程度等を顧慮することなく、一定範囲の近隣住民等の同意を得ることを要求している点で、不合理なものを含むことは否定できないところであり、右指導要綱が慣習等に基づき法令たる性格を帯有するに至つたものとも認め難い。したがつて、控訴人が右同意を得ることなく建築に着手したことそれ自体から、直ちにその行為を非難に値するものとすることはできない。また、前記認定事実によれば、控訴人は建築着手に先立つてある程度の手間と時間をかけて建築計画の内容を説明し近隣住民の同意を得ようと試みており、市の行政指導を全く無視して建築に着手したわけではない。もつとも、近隣住民との折衝の過程で控訴人側の示した譲歩は必ずしも大きいとはいえないが、その点は住民側も同様であり(住民側が四階建案を示したのは控訴人が建築強行に踏み切つてからのことである。)、後述のような控訴人の建築計画の内容の客観的な当否の問題を別にして、右のように交渉過程での譲歩がなかつたこと自体から直ちに控訴人を非難することはできない。
次に、本件建物が周辺地域の地域性に適合しない建物であるかどうかを考えると、前記のとおり本件土地の周辺には中高層の建物は少ないので、この点からすると、本件建物は周辺地域の地域性に適合しないかのようにも見える。しかしながら、本件土地周辺は、武蔵野市内の主要道路の一つである女子大通りに面し、かつ吉祥寺駅周辺の商業地域にも近く、今後土地の高度利用が進むことも予想されなくはない場所であつて、そのような地理的条件から近隣商業地域に指定されており、しかも本件土地は女子大通りの南側にあるため、右土地に建築される建物の日影による被害は右道路があることによつてかなり緩和されるのであつて、これらの点を考慮すると、ここに本件建物のような中層の共同住宅を建てることが右周辺地域の客観的な性格に適合しないということは困難である。
本件建物によつて被控訴人鈴木らの被る日照等の被害が法的保護に値する程度に達しないことは前記のとおりであり、また、右被控訴人以外の近隣住民に及ぼす日影についてみても、前出甲第七号証によれば、最も影響の大きい木崎方で本件土地との境界に接着している建物の東側が冬至におして四時間前後の日影を受ける程度であり、そのほかの住民の受ける影響はこれより遙かに少なく、これまた法的保護を必要とする程度に達していないものと認められる。
被控訴人鈴木らは、同人らの行為は環境破壊の防止を目的とし、住民との合意に基づく町づくりという現代的理念に適合するものであると主張するが、問題は、個人の財産権や経済活動について保障された自由、あるいはその背後にある社会経済的な要求と環境保護の要求とについていかなる点で調和を図るかの点にあり、単に行為の目的が公共的な価値の実現にあるというだけで直ちに行為が適法となるものでないことは言うまでもない。
以上検討したところによれば、一般的な利益衡量の結果として、被控訴人鈴木らの前記各行為を社会的に是認すべき性質のものとし、その違法性を否定することはできないものというべきである。また、右各行為につき特にその違法性を否定すべきことを定めた法令の規定が存するわけでもない。
(2) 正当防衛
前記のとおり、控訴人による本件建物の建築行為は違法に被控訴人鈴木らや木崎の権利を侵害するものとはいえないから、右行為が違法であることを前提として自らの行為を正当防衛であるとする被控訴人鈴木らの主張は、その前提を欠くものである。もつとも、四月二〇日の工事が控訴人が被控訴人らに対してした言明に反するものであることは前記のとおりであり、その限りで右工事を控訴人の義務違反とみる余地はあるが、これを直ちに不法行為ということはできず、また、これに対して被控訴人鈴木らが実力で角材を積み戻した行為をやむを得ない加害行為と評価することもできない。
(3) 権利濫用
被控訴人鈴木らは、控訴人の本訴請求は権利の濫用である旨主張するが、右主張は右請求が理由がないことを前提とするものであるから、そもそも抗弁としての意味を有しないものである。
(4) 以上検討したところからすると、被控訴人鈴木らの前記各行為について同人ら主張のような違法性阻却事由は認められず、同人らは右各行為によつて控訴人に生じた損害を賠償すべき責任を負うものといわなければならない。
8被控訴人鈴木らの賠償すべき金額
そこで、前記の違法な行為に基づいて被控訴人鈴木らが控訴人に対して賠償すべき金額を審究する。
(一) 四月一五日の工事妨害による賠償額
<証拠>によれば、四月一五日工事が妨害されたことによる工事費の増加分は金二万円(内訳、資材運搬車一台分七〇〇〇円、人夫二人分一万三〇〇〇円)であり、控訴人はこれを新和建設に支払つたことが認められる。これによる控訴人の損害は、被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子において連帯してこれを賠償すべきである。
(二) 四月二〇日の工事妨害による賠償額
<証拠>によれば、四月二〇日の工事ができなかつたことによる工事費の増加分として新和建設は控訴人に対し金三万三〇〇〇円(内訳、資材運搬車一台七〇〇〇円、人夫二人分一万三〇〇〇円、その他一万三〇〇〇円)の支払を要求し、控訴人はこれを支払つたことが認められる。しかしながら、前記認定事実によれば、同日被控訴人鈴木らのした妨害行為の内容は、野口毅の受傷に端を発し前記のような経緯で控訴人側の当日の工事の続行が困難となつた段階で、二〇本程の角材をトラックに積み戻したことであり、当日の工事が行えなかつたのはむしろ右野口の受傷等によるトラブルによるところが大であるところ、前記工事費増加分のうち、右角材を改めて搬入すること自体について要する費用がいくらであるかについてはこれを認定するに足りる証拠がない(なお、そのほか、右費用の賠償については過失相殺の問題もあることは前記のとおりである。)。
(三) 四月二三日の妨害行為による賠償額
<証拠>によれば、四月二三日の工事が妨害されたことによる工事費の増加分は金五五万七五〇〇円(内訳、ダンプカー一〇台二五万円、トレーラー三万五〇〇〇円、ユンボ四万円、人夫九人分五万八五〇〇円、オペレーター一人分一万二〇〇〇円、その他常傭二人分一万四〇〇〇円、諸経費・諸雑費一四万八〇〇〇円)であり、控訴人はこれを新和建設に支払つたことが認められる。これによる控訴人の損害は、被控訴人鈴木らにおいて連帯してこれを賠償すべきである。
(四) 建築資材の値上りによる損害
<証拠>によれば、新和建設は控訴人に対し昭和四九年四月二八日付で本件建物建築工事の遅延に伴い工事中止のために要した費用及び右遅延の間の資材値上り分を合計三六八万八八〇〇円と見積り、控訴人は右見積額のうち三六七万四三〇〇円(その内訳は原判決添附明細表(二)のとおり)を新和建設に支払つたことが認められる。
しかしながら、右千葉慶太郎の証言によれば、右甲第一一号証の二の見積書は、右四月二八日現在においてなお将来近隣住民による工事妨害が行われることが予想されたため、これによる工事遅延の結果生ずることが予測される損害を見積つたものであるというのであり、そうであるとすれば、本件で主張されている四月二三日までの工事妨害行為と右見積書記載の損害との間には困果関係がないものといわなければならない。また、仮に右見積書記載の損害の一部に右見積書作成時までに発生したものが含まれているとしても、それが幾ばくであるか、またその中で前記の工事妨害行為に基づくものが幾ぼくであるかは、本件全証拠によつても全く不明である。
(五) 慰藉料
前記の控訴人を悪徳業者、悪質業者などと非難する看板、ビラの掲出によつて控訴人はその名誉及び信用を傷つけられたものというべきであるが、右看板、ビラが掲出された場所の範囲やその枚数、文言などに照らすと、これに対する慰藉料は金一〇万円をもつて相当とし、被控訴人鈴木らはこれを連帯して支払うべき義務がある。
9被控訴人市の不法行為の成否
(一) 被控訴人鈴木らの工事妨害に対する幇助
控訴人は、被控訴人市が前記認定のような市長、助役の発言や控訴人に対し工事用水を使用させないことによつて被控訴人鈴木らの前記工事妨害を故意又は過失により容易ならしめた旨主張する。
しかしながら、前記市長の発言は、それ自体被控訴人鈴木ら近隣住民の工事妨害を容易ならしめるような内容を含むものとは解し難い。また、前記両助役の発言は、控訴人の工事強行に対し被控訴人市としては指導要綱に依拠して対処する方針である旨を明らかにしたものと解されるところ、指導要綱については、その内容に前記のような問題点があるほか、それが単に行政指導の指針たるにとどまらず上下水道によるサービスの供与の停止による建築の規制をも予定する点で法律との整合性に疑問があり、その点からいつて右発生ママ、殊に藤元助役の発言は穏当を欠くものである。しかし、右発言は武蔵野市内の地域環境を保全しようとする被控訴人市固有の関心に基づくものであつて被控訴人鈴木らの工事妨害行為を幇助するような意図の下にされたものでないことは前記認定事実に徴し明らかであるし、右発言内容にも、穏当を欠く点はあるにせよ、格別近隣住民の実力による工事妨害を容易ならしめるような点は認められない。
次に、被控訴人市が新和建設の工事用水についての給水契約の申込を撤回させたことは前記認定のとおりであるが、本件建物の建築に関する関係者間の交渉の状況や公害の防止等地域環境の整備保全をその事務の一部とする被控訴人市の立場からいつて、右時点で被控訴人市がなお円満な事態の解決に望みをかけ、建築着工を延期するよう控訴人に働きかけるのは、それが行政指導として相当とされる範囲内にとどまる限り適法なものというべきところ、右申込を撤回させた行為は、行為そのものの態様において右相当とされる範囲を超えるものであつたことは認められず(被控訴人市が右申込を撤回させるにあたつて控訴人又は新和建設に対し不当な圧迫を加えたような形跡はないし、また、これによつて工事用水の供給が遅れたのは控訴人の主張によつても約五〇日間程度である。)、また、右行為の内容も、特に近隣住民の実力による工事妨害を容易ならしめるような性質のものとはいえない。
したがつて、被控訴人市が前記各行為によつて被控訴人鈴木らの工事妨害を幇助したとの控訴人の主張は失当である。
(二) 被控訴人市の当局者による控訴人の名誉・信用の毀損
控訴人は、被控訴人市の市長や助役の前記発言により名誉及び信用を著しく毀損されたと主張するが、前記発言はその内容からいつて控訴人の名誉や信用を毀損するものとはいい難い。したがつて、右名誉及び信用の毀損があることを前提とする控訴人の被控訴人市に対する慰藉料請求は理由がない。
10結論
以上認定判断したところによれば、控訴人に対し、被控訴人鈴木ら三名は連帯して8(三)、(五)の金額の合計である六五万七五〇〇円及びこれに対する不法行為ののちである昭和四九年八月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、更に被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子は連帯して8(一)の二万円及びこれに対する前同様の遅延損害金を支払う義務を負うものというべきであり、控訴人の被控訴人鈴木らに対する本訴請求は右限度で正当として認容すべきであるが、右被控訴人らに対するその余の請求及び被控訴人市に対する請求は失当として棄却すべきである。
第二 被控訴人鈴木らの反訴(附帯控訴)について
一本件土地と被控訴人鈴木らの居住する建物との位置関係は第一の二1(三)で認定したとおりであり、本件土地の周辺地域の状況は第一の二1(二)で認定したとおりである。
二控訴人が昭和四八年八月ごろ本件土地に本件建物を建築する計画を立て、昭和四九年一二月ごろ右建物を完成させたこと、被控訴人市が市内の中高層建物の建築につき指導要綱を定めてこれに基づく行政指導を行つており、指導要綱によれば本件建物の建築には被控訴人鈴木らを含む近隣住民の同意を要するものとされているところ、控訴人は右同意を得ることなく本件建物を建築したこと、以上については当事間者に争いがない。
三被控訴人鈴木らは、控訴人が実質上条例たる性格を有する指導要綱を無視して本件建物を建築し、地域に過密人口の弊害をもたらし、右被控訴人らに対し日照、採光、通風、眺望の阻害、風害、プライバシー侵害、圧迫感、電波障害、本件建物入居者による生活騒音、違法駐車、窓からの落下物による危険、都市美観の破壊、防犯上・安全上の不安等の被害を与えている旨主張する。
指導要綱が法令たる性質を有するものではなく、また、要綱中の住民同意条項に問題があり、これに違反することが当然に違法を意味するものではないことは第一の二7(七)(1)で述べたとおりであり、また、被控訴人鈴木らの受ける日照阻害が法的保護に値する程度に達していないことは、第一の二6(二)で認定判断したとおりである。
右被控訴人らの主張するそのほかの被害についても、原審における被控訴人鈴木らの各本人尋問の結果、当審における被控訴人鈴木有臣本人尋問の結果その他本件全証拠によつても、被害の具体的な程度、態様は明確でなく、それが社会生活上受忍限度を超えるような程度に達していることを認めることはできない(なお、右のうち入居者による違法駐車などは、その性質からいつて控訴人の本件建物建築に基づくところの被害とはいい難い。)。
したがつて、控訴人の本件建物建築行為が不法行為を構成することを理由とする被控訴人鈴木らの請求は理由がない。
四被控訴人鈴木らは控訴人の本訴請求訴訟は不当訴訟として不法行為を構成する旨主張するので、以下検討する。
(一) 被控訴人鈴木らの工事妨害行為等によつて控訴人にある程度の損害が生じていることは本訴について判示したとおりであり、また控訴人が右被控訴人らの工事妨害行為と主張したもののうち不法行為を構成しないと認められたものについても、そのことが控訴人にとつて極めて明白であつたとは断じ難いから、損害が発生していないにもかかわらず不当にその賠償を求めたという点において控訴人の本件訴訟が不当訴訟であるということはできない。
(二) 右被控訴人らの主張中、控訴人の本件訴訟が多額の事業収益を獲得するための手段とされていること、他の住民に対する見せしめとすることを目的としていること、指導要綱による行政を破綻させることを狙つていることを指摘する点については、既に判断したように控訴人の請求が全く理由のないようなものでない以上、仮に控訴人が他方において右指摘のような意図をもつて訴訟を提起したものであるとしても、そのこと自体を違法ということはできない(指導要綱そのものについて存する前記のような法律上の見地からの問題点は別として、右要綱に基づく行政全体をどのように評価するかは、政治的な価値の次元の問題である。)。また、控訴人が近隣住民の反応を探るために工事実施のテストをし、住民らを挑発、愚弄したとの点については、本件全証拠によつてもこれを認めることができない(<証拠>によれば、控訴人と新和建設との間で作成された昭和四九年四月一日付の本件建物の工事請負契約書(甲第一一号証の三)には工期を同年六月二〇日から一二月二〇日までとする旨の記載があるところ、原審における控訴人代表者尋問の結果によれば、右契約書は実際には四月中ごろ、被控訴人鈴木らによる妨害行為の始まる前に作成されたものであることが認められ、これによれば、控訴人は近隣住民によつて工事が妨害されることなどにより、実際の工事は六月二〇日ごろから進行するものと予測していたことが窺われるが、右のような事実があるからといつて、控訴人が前記のように四月中旬に工事に着手したことがことさらに近隣住民を挑発したものであるということはできない。)。
(三) 以上によれば、控訴人の不当訴訟を理由とする被控訴人鈴木らの請求は理由がない。
五被控訴人秋山は控訴人に対し本件建物の階段踊り場に目隠しを設置することを請求する。
右請求のうち、プライバシー侵害が違法な程度に達していることを前提とする、人格権又は民法七二三条の規定の類推適用に基づくものが理由がないことは、既に述べたところから明らかである。
次に民法二三五条の規定の適用又は類推適用に基づく請求については、前記認定(第一の二1(三))のような本件建物と被控訴人秋山の居住する土地との位置関係からして、右両者間につき右規定の適用はもとより類推適用もないものと解すべきである。
また、右被控訴人は慣習をもその請求の根拠としているが、本件のような事実関係(右被控訴人が被つているというプライパシー侵害の具体的状況が明確でないことは前記のとおりである。)の下において右請求にかかるような目隠しを設置するという慣習が存在することを認めるに足りる証拠はない。
したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人秋山の目隠し設置請求は理由がない。
第三 総括
よつて、(1)控訴人の控訴に基づいて、原判決中控訴人の被控訴人鈴木らに対する本訴請求を棄却した部分を変更し、控訴人に対し、被控訴人鈴木らは連帯して金六五万七五〇〇円及びこれに対する昭和四九年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、被控訴人鈴木有臣、同鈴木邦子は連帯して金二万円及びこれに対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をすることを命じ、控訴人の右被控訴人らに対するその余の請求を棄却し、(2)控訴人の被控訴人市に対する関係での控訴を棄却し、(3)被控訴人鈴木らの附帯控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(鈴木重信 加茂紀久男 梶村太市)
「おわび」<省略>
目隠し詳細図<省略>